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大阪地方裁判所 昭和27年(わ)1181号 判決 1960年2月09日

被告人 辻正男

昭二・一一・二二生 無職

主文

被告人を懲役四月に処する。

ただしこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

本件公訴事実中出入国管理令違反の点については被告人を免訴する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和二十七年五月三十日午後三時頃大阪市北区扇町公園内広場において開催された全大阪青年婦人総蹶起大会に参加したものであるが、同日午後五時半頃右大会終了後参会者の一部三百名位が同公園内において隊列を組み示威行進を始めたので、被告人もこれに参加した。ところが右行進が行われている間に隊列が同公園南入口附近に接近したので、同所警戒の任に当つていた大阪市警視庁警視三好宗二は、右隊列が道路上に出て示威行進を続ける虞ありと判断し、自己の指揮する警官隊約百名位に命じて右示威行進を解散させようとし、南入口から公園内に突入せしめ実力行使に出たため、被告人は、多数の参会者と共に公園東出入口方面に押出されたが、間もなく再び同出入口より公園内を通つて南入口に赴き、同入口から道路上に出た。折柄附近道路上は同公園内から出て来た群集で混雑していたので、その整理或いは不測の事故発生を予防するため、大阪市警視庁警部補森田求吉の指揮する警官隊が、公園南入口附近にある水道局東側の道路上で警戒態勢にあつたが、興奮した群集は右警官隊めがけて投石していたので、被告人も附近にいた多数の者と共に右警官隊に向つて投石し、もつて適法な公務執行中であつた右森田求吉等警察官に対し多数者と共同して暴行を加え、その職務の執行を妨害したものである。

(証拠の標目)(略)

(被告人及び弁護人の主張に対する判断)

一、弁護人は、本大会終了後一部参会者によつて行われた適法正当な公園内の示威行進を実力で解散させようとした三好宗二の指揮する警官隊の行為は違法なものであつて、公務執行妨害罪の規定によつて保護される公務の執行とはいえず、当時公園南入口附近にいた森田求吉の指揮する警官隊も右三好隊の行動によつて追出される群集を逮捕する計画の下に予め待構えていたもので、右森田隊の行動を三好隊の行動から切離して考えることはできず、従つて適法な職務の執行とはいえない旨主張する。

しかし、本件提出の全証拠によつても三好隊が公園内の大会参加者を公園外に追出し、その他の隊が公園外で待受けてこれを逮捕する計画の下に、森田隊を含め全警官隊が行動したことを認めるに足る証拠はなく、むしろ三好隊は、三好警視の判示の様な情勢判断の下に独自の行動をとつたものと認められる。従つて右三好隊の職務の適法性を判断するまでもなく、(三好隊の行動はやや行過の感があるが、当時の社会情勢、当日の大会の雰囲気からみて、是認し得る判断と認められ、少くとも弁護人等主張の如き計画的な不適法なものとは認められない。)森田隊が大会終了後多数の大会参加者が、一時に公園外の道路に溢れ出る場合に備えて、その整理或いは不測の事故発生予防のため警戒態勢についたことは、警察官として当然の公務の執行として適法かつ妥当といはねばならない。弁護人のこの点に関する主張は理由がない。

二、被告人及び弁護人は、被告人が当時森田隊に対し投石したことはない旨極力主張している。

しかし、前掲証拠中証人香坂享、同福田昭嗣の各証言を綜合すると右投石の事実を認めるのに十分である。弁護人は、右各証言が、事件発生から約七年余経過後なされたのにかかわらず、事件発生直後作成された香坂享の司法警察員(二回)及び検察官に対する各供述調書及び福田昭嗣作成の公務執行妨害状況供述書より詳細かつ明確であることは不合理で、右各証言は信用しがたい旨主張するが、被告人が判示認定のような時間、場所において群集と共に投石したとの基本的事実については右供述調書又は供述書と各右証言との間に矛盾する点は認められない。従つて右各証言は、少くとも右供述調書又は供述書と一致する範囲即ち右基本的事実の範囲においては十分に信用しうるものである。被告人は、当時下駄を所持していたし、又南入口附近に石はなかつたから投石できる状況になかつた旨供述主張し、被告人が逮捕された当時下駄を所持していたことは証拠上認められる。しかし、下駄を所持していても、そのことから直ちに投石できない状況にあつたとはいい難く、又、前掲各証拠を綜合すると、当時南入口附近で警官隊に対し多数の投石があつたことは明かである(証人藤原義夫のこの点に関する供述は信用しがたい)から、被告人が南入口附近において投石できる状況になかつたとの主張も理由がない。

(再犯となる前科)

被告人は、昭和二十二年六月十四日大阪地方裁判所堺支部において窃盗罪により懲役二年に処せられ、犯行当時右刑の執行を受け終つていたもので、右事実は、前科調書、被告人の検察官に対する昭和三十三年七月二十五日附供述調書により認められる。

(法令の適用)

判示事実 刑法第九十五条第一項(懲役刑選択)

再犯加重 同法第五十六条、第五十七条

執行猶予 同法第二十五条第一項

訴訟費用 刑事訴訟法第百八十一条第一項本文

(出入国管理令違反事件についての判断)

一、昭和三十三年七月二十六日附起訴にかかる公訴事実は、被告人は、昭和二十八年七月頃より昭和二十八年十月下旬頃までの間に有効な旅券に出国の証印を受けないで本邦より本邦外の地域たる中華人民共和国に向け出国したというにある。

二、被告人の当公判廷における供述、戸籍謄本、住民票謄本、風水害についての回答書、旅券発給の事実に関する照会書及び右回答書抄本、辻こまの検察官に対する供述調書、被告人の検察官に対する昭和三十三年七月二十五日及び同月二十六日附各供述調書を綜合すると、右公訴事実の証明は十分である。

三、弁護人は、被告人の右所為を出入国管理令第六十条第二項、第七十一条により処罰することは憲法の保障する外国移住権を制限するから憲法第二十二条第二項に違反すると主張する。

しかし、出入国管理令第六十条第二項は、出国それ自体を法律上制限するものではなく、単に出国の手続に関する措置を定めたものであり、事実上かかる手続的措置のために外国移住の自由が制限される結果を招来するような場合があるにしても、同令第一条に規定する本邦に入国し又は本邦から出国するすべての人の出入国の公正な管理を行うという目的を達成する公共の福祉のため設けられたものであつて、合憲性を有するものと解すべきである。(最高裁判所昭和三十二年十二月二十五日判決参照)弁護人は、憲法第二十二条第二項には同条第一項の如き「公共の福祉に反しない限り」との制限が付せられていないから、同条第二項の外国移住権を公共の福祉を理由として一般的に制限することは許されない旨主張するが、右令第六十条第二項が外国移住権の一般的制限を規定したものでないことは右のとおりであるばかりでなく、憲法はすでに国民の基本的人権の保障に関する総括的規定ともいうべき第十二条、第十三条において、憲法上の諸権利に関し公共の福祉による制約のあることを示しており、第二十二条第二項のみその適用を排除すべき理由は存しない(日本人の我国よりの出国が全くの自由放任の状態であつてならないことは、重罪を犯して訴追をうけているものの出国を何らかの理由で制限しなければならない――その理由は出国の自由に内在する制約というよりむしろ公共の福祉による制約と考えられる――ことから考えても明かである)。

そして、仮に右令第六十条第二項に基く旅券発給の基準を定めた旅券法第十三条第一項の規定の一部に違憲の部分が存するとしても(もつとも同項第五号の規定については違憲でない旨の最高裁判所昭和三十三年九月十日判決がある)、その場合にはただその部分を無効としてその適用を排除すれば足りるのであり、右規定が存するからといつて、逆に旅券の所持を定めた右令第六十条第二項まで違憲として無効とする理由は存しない(このことは右重罪犯人の例から考えても明かである)。よつてこの点に関する弁護人の主張は理由がない。

四、弁護人は、被告人は日中両国民の友好を深め、極東及び世界の平和を推進する目的のため、どうしても渡航する必要があつたが、日本政府は、当時中華人民共和国向け旅券の発給を全面的に拒否しており、被告人から旅券の発給を請求しても拒否されることは明白であつたから、このような事情のもとでは被告人に本件行為をなさないことを期待することは不可能であつた旨主張する。

しかし、被告人において、当時右主張の如き目的のため違法手段を用いても出国しなければならなかつた事情は、これを認めるに足る資料はなく、かえつて、(1)被告人が当時公務執行妨害罪(前記有罪と認定した事実)で起訴され、住居制限の上保釈されていた者であること、(2)当時中華人民共和国向け旅券の発給が拒絶された例が多かつたが、全面的に拒絶されていたものではなかつたこと(昭和二十八年度においては三十九名に対し右旅券の発給がなされている)、(3)被告人は出国に際し旅券発給の申請をしておらず、従つてこれに伴う拒絶もしくは留保の処分を受けていないこと等の諸事情に、被告人の当時の職業経歴等を綜合すると、被告人に本件所為をなさないことを期待することは十分可能であると認められ、右期待することが不可能であることは到底認め難い。よつて、この点に関する弁護人の主張も理由がない。

五、公訴時効について

(一)  弁護人は、本件公訴は公訴時効完成後提起されたものである(本件は刑事訴訟法第二百五十五条第一項前段の「犯人が国外にいる場合」に該当しない)旨主張する。そして、出入国管理令第六十条第二項違反の犯罪は出国と同時に完成しこの時から公訴の時効が進行すると解すべきであるから、本件犯罪は、右刑事訴訟法の条文に該当しない限り、少くとも昭和三十一年十月下旬公訴時効が完成したことになるわけである。

(二)  これに対し、検察官は、被告人は昭和二十八年十月下旬から昭和三十三年七月十三日京都府舞鶴港に上陸帰国するまで日本国外に居住していたのであるから、かような場合には刑事訴訟法第二百五十五条第一項によつて、右国外にいる期間公訴の時効の進行は停止し、被告人が帰国した昭和三十三年七月十三日から進行を始めることになり、従つて、同年七月二十六日本件公訴が提起された当時は、本件犯罪の公訴時効は未だ完成していない旨主張する。そして、被告人が検察官主張の期間国外にいたことも明かである。

(三)  しかし、公訴時効制度は、時間の経過により、犯罪の社会的影響が微弱化し、可罰性が減少すると共に、有罪の証拠も無罪の証拠も散逸、或いは消滅するため、検察官の立証はもとより被告人の防禦も困難となり、結局真実の発見が期し難くなるため、訴訟を追行すること自体が不当となることを理由に認められた制度であると解すべきである。

現行法上公訴時効の停止事由として認められているのは、右の刑事訴訟法第二百五十五条の場合を除き、国務大臣につきその在任中起訴に対する総理大臣の同意があるまで、(憲法第七十五条)、摂政につきその在任中(皇室典範第二十一条)等である(公訴の提起及び少年につき審判開始決定等―少年法第四十七条―も停止事由として規定されているが、以上の各停止事由とはその本質を異にする)が、これらの停止事由はいずれも捜査官において犯罪とその犯人を覚知してこれを訴追しうるにかかわらず、一定の障害があるため訴追しえない場合である。けだし、犯罪の発生より一定期間が経過しないうちに犯人の特定と事実の確定がなされ、治安維持の責に任ずる国家機関(検察官)において訴追の必要を認め、かつ訴追しうる状況になつた以上、その後の時間の経過による証拠の散逸及び可罰性の減少等の理由は、犯人の処罰の必要性の理由に譲るべきことを認めたものであり、この場合公訴時効の進行を停止しても、右公訴時効制度の趣旨に反しないものというべきである。

次に、刑事訴訟法第二百五十五条第一項後段の趣旨は、犯人が逃げ隠れているため、同法第二百七十一条、第四百六十三条の二により起訴状等が法定期間内に送達できず失効した場合、その犯人を処罰する方法がなくなるので、これを防止するため右逃げ隠れている期間公訴時効の進行を停止しようとするにあること条文上明かであり、この場合も前同様の理由により是認さるべきものである。

(四)  以上の様な公訴時効制度及びその停止事由の趣旨等を考慮するときは、同法第二百五十五条第一項前段の趣旨は、捜査官において犯罪の発生及びその犯人を覚知してこれを訴追しうる状況であるにかかわらず、犯人が国外にいる場合には、起訴状の謄本等を法定期間内に送達することが殆んど不可能である(公示送達は認められないから、民事訴訟法第百七十五条の送達手続による外はない)ため、右送達自体を不要とし、公訴時効の進行を停止しようとするにあると解するのが相当である。

従つて、たとえ犯人が国外にいる場合でも、公訴時効期間内に捜査官において犯罪の発生及びその犯人を覚知してこれを訴追しうる状況になかつた場合には、同法第二百五十五条第一項前段を適用すべきでない。もつとも本規定前段には明文上何らの条件が付せられていないから、捜査官において訴追しうる状況にあつたとの条件を付することは右明文に反するとの疑があるかも知れないが、前記の各停止事由の規定においても、いずれもこのような条件は明示されていない。

しかし、これらの規定においては、右条件は当然の事理として明文化していないだけと解すべきであり、このことは本規定においても同様である。

(五)  もし捜査官において、犯人を訴追しうる状況になかつた場合、更には犯罪の発生すら覚知しなかつた場合でも、本規定前段の適用があることとすると、たとえば犯罪発生後数十年経過した後において(死刑にあたる罪についての公訴時効は十五年である)、捜査官が始めて犯罪の発生を覚知し捜査の結果犯人が判明した場合でも、犯人が国内におれば当然公訴時効完成と解すべきにかかわらず、犯人がその期間の大部分国外にいた事実(逃げ隠れていたか否かは問題でない)さえ判明すれば、犯人を訴追しうることとなり、もしこのようなことが許されるなら、右公訴時効及び公訴時効停止制度を設けた意義は全く没却されることになるが、犯人が国外にいる場合といえども、時間の経過により可罰性が減少し、証拠の散逸することは、犯人が国内にいる場合と何ら異なるところはないのであるから(刑法第二条ないし第四条犯罪の場合は特にそうである)、犯人が国外にいる場合と国内にいる場合とをこのように公訴時効制度の趣旨に全く反してまで差別する合理的理由は存しない。もつとも刑事訴訟法第二百五十五条第一項は元来米法に由来し、米法では大多数の州において公訴時効は裁判を逃れている者には適用がないとされ、犯人が逃げ隠れているか又は犯罪地の管轄裁判区外にいる場合その期間公訴時効の進行を停止することになつているので、日本においても犯人が国外にいるときと、国内にいるときとを差別したとの説もある。しかし、右説においても、捜査官において犯罪と犯人を覚知していることを公訴時効停止の必要条件と解し得ないわけではないし、又元来米法においては、特定の犯罪につき公訴時効を認める成文法の制定なき限り犯罪の訴追は時間の経過によつて妨げられないとのコーモンローの規則が行はれており右の如き制定法は大赦又は特赦と性質を同じくする例外的な主権者の恩恵と考えられているのであり、このような米法の制度と、あらゆる犯罪について一般的に公訴時効を認めその例外を認めない我が法制とは、公訴時効自体の考え方について根本的に相違しているのであるから、かりに立法者において右説に従い本規定を設けたとしても、そのことから直ちに現行法上の公訴時効に関する他の諸規定との関聯及びこれら諸規定を総括して看取される公訴時効制度の趣旨に反して本規定を解釈しなければならない理由とはならない。

尚、米国のジヨージヤ洲及びルイジアナ洲の如き州においては「犯人もしくは犯罪が未知の間は時効は進行しない」とか「犯罪がその捜査及び訴追の権限を有する公務員に知られている場合にのみ時効が進行する」とかの規定をもつ制定法が存するようであるが、我法の如く時間の経過による犯罪の社会的影響の微弱化それによる処罰価値の減少等を主たる理由として時効制度を認める法の下においては犯罪が発覚していない場合には一層よく右の理由はあてはまるのであり、前記の如く我法と根本的に建前を異にする米国諸洲の法制に右の如き規定が存するからと言つて前記解釈を動かす理由とするに足りないのみならず右二洲においては、州の内外を問わず右規定が適用せられるのであるから我法において反対の解釈を採つた場合におけるような国の内外による不均衡は生じないことを注意すべきである。

(六)  そこで、右説示のような刑事訴訟法第二百五十五条第一項前段の解釈に従い、被告人の本件犯罪を考察するのに、被告人が出国してから本件犯罪の公訴時効期間である三年間経過するまでの間、捜査官において本件犯罪の発生及び被告人がその犯人であることを覚知して訴追しうる状況にあつたことは、これを認めるに足る資料がないから(本件起訴状の当初の記載が、昭和二十八年七月頃から昭和三十三年六月下旬頃までの間に密出国した、となつていたこと自体からも、その間捜査官は本件犯罪の発生すら覚知していなかつたことが推認できる)、結局本件犯罪につき同法第二百五十五条第一項前段の規定は適用できず、その他右公訴時効期間内に公訴の提起その他の公訴時効停止事由の存しなかつたことは明かである。

従つて本件公訴は公訴時効完成後提起されたものであるから、刑事訴訟法第三百三十七条第四号により出入国管理令違反の点につき、被告人に対し免訴の言渡をする。

よつて主文のように判決する。

(裁判官 田中勇雄 原田修 武智保之助)

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